渡辺知明さんのツイッターから ( No.24 )
日時: 2018/04/12 09:40
名前: 陶人
全文コピーします。

作品の内容が理解できていないと朗読はできない。だから、黙読を30回して初めて声に出すべきだ」。これは間違いだ。頭の理解とからだの表現とがまるで別ものにされている。声は理解の手段であると同時に表現だ。作品の意味を理解するために声の表現が必要なのだ。その声が作品の理解そのものなのだ。

これって、音楽も全く同じ。
「声」を「音」に置き換えるだけ。
うまいこと言うなあ。

ギターの場合、「音」は右手のタッチで決まる。
タッチとは右手(指)の動き。
指だけに注目すると、世のギタリストと同じ道を行ってしまう。
指の動き=身体の動き
と捉えると、能にも武道にも通じる。

最初の部分、「指の動き」か「身体の動き」か
たったこれだけで、同じギターが全く別の楽器になる。

あと二日。コンサートのプログラムは決まったが、
その前の(4時~5時)の内容は、な~~んも決まってません。
まあ、ガット弦とナイロン弦、「燕返し」の話。
ステージ構成など、参加者の意見を聞いて本番に向かいたいと思っています。