島崎ギターサロン動画ブログ

島崎陶人ギターサロンホームページ動画を文字化したブログ 20180217開設

カテゴリ:レッスン録画 > 弾き方・からだのこと

ギターの基礎 土台 片足立ち
https://youtu.be/pFt8BN4-kCE
2018/07/05 に公開




この前ちょっと掲示板に書いたんですがギターの基礎、ギター奏法の基礎というのとそれから土台
音楽をやる、何かをする以前の土台、体のあり方を2018年6月ずっと考えてまして答えは出てないのですが
現時点では自分達の体をもっと知らなければならないという気になっています
医学的に知るというのではなく自分の体感
どうやれば体は力が出るのだろうとかこういうことをすれば体の感じが変わるということを僕達は知らなさ過ぎたと思うのです、私だけかもしれませんが

1つの体の土台、片足立ちだとふと思いました
足ブラブラは前回録画しました、今も足ブラをしながら話をしています
最近何かといえば片足立ちをしています
歯を磨いたり炊事の時にこうやっています
信号待ちの時も片足上げています
片足で立つということ、子供のころ流行った遊びに大きなS字を描いてある1点があいていて、敵陣と自陣、あいている所から外に出るとケンケンで歩く
敵と会った時に相手を倒す、両足が着いたら負け、自陣に戻ったら両足をおろしていい
こういう遊びは体のバランスが養われたと思います

4:20
自分の過去を振り返った時、中学で陸上部に入りスタートの構えをした時に親指にかかる、ギターを始めた頃でこれはギターに面白そうだと直感しました
両手均等に体重をかけるのですが私は右にかけて親指がこうなってこの形を獲得しました
その後ギターの世界に入ってセゴビアテクニックという本がありまして右手の絵があるのです
それを自分でやった時に人差し指の第1第2関節の間、親指の第1関節が引っ付いた形に私は見えました
実際に絵を見ますとそうではないです、ちょっとずれています
6:30
親指のこの動きはきっと使うだろうと予感がありました
この動きで実際にギターを弾いてみますと、親指と人差し指が絶えず引っ付いています
5弦を弾きます、ここの動きだけなのですが結構破壊的な音がしています
腕を使うとこんな音です
音として聴いた時は後の方が圧倒的に綺麗です、こちらは汚い
これを曲の中で使うとアストリアスの始めなのですが
7:44
2回これで弾いて3回目これで弾いてみます、フォルテピアノの感覚がよくわかると思います
旋律の最後の音をこうするとピアニシモになります
その音だけ伸ばしていると聴こえる人がいます、伸ばして弾くとこうなります、全然違います
反動で腕を動かすとツバメ返しになります
Pとimaどちらも同じなのですが意識が第1関節に行っています

9:54
よく間違うのはアポヤンドの時にこうする人が多い
第1関節をしっかりとして弾く
ギターを弾く時の土台は第1関節がしっかりしていることが非常に大事
そうすると腕、肘、手の形ということに発展して最終的に片足立ちという所に行けば面白いというのが今の状態です
これが本当にそこへ行くのかまた違う舞踊の方に行くのか武道家に行くのかわからないですけども
ギター右手の土台は第1関節ではないか、そしてそれを使って音楽の基礎、奏法の基礎があるというのはまたこういうのがあるのではないかという途中経過です
このあとアグアドの練習曲をもう1度弾いてみます、その映像で第1関節がどう動いているか本当にそう使っているのか好奇の目で見て頂ければ面白いと思います。


https://youtu.be/hXyBY99VktQ
2018/06/06 に公開

実際に足ブラブラをしているところです。
「とうじんメソッド」基礎練習!

https://youtu.be/DXdfzmDMeJk
2016/12/02 に公開





こんにちは、島崎陶人です
私は今までこのホームページとかいろんな場所でギターの音についてしゃべったり偉そうに講義をしたりしてきました
約50年間はギターの音について、実際にはタッチになります、どうやって弾くか、どうすればどんな音が出るかということをずっと研究してきたのですが
今年2016年の8月にすっぱりその音のことをやめました
もうやめることにしました
音の研究というのは結論から言うと頭が喜んでいるのです、耳が喜ぶのですが体は本当に喜んでいるかということに
疑問が違う方向に行ったのです
確かに良い音が出るというのは気持ちの良いことだし音楽を作る上で非常に大事だといったときに説得力もあると思うのです
でもあることをきっかけに私は誰がどんな音を出してもいいんじゃないの、或いは今出た音でいいんじゃないのという、出発点が180度変わってしまったのです

そもそもきっかけとなったのは古武道を研究されてる甲野善紀さんという方がいらっしゃいます、その方が音楽家のための講座ということで音楽家でない古武道をやっている方が音楽家のために講座を開こうという
これに参加をしたときに非常に大きなショックを受けましてそれがきっかけで音のことから逆に今度は自分の体のことに興味が移ったのです

われわれ最初にギターを持って弾くときに構えまして普通にこう、持って行くわけですが
甲野先生はこのスタイルを見たときにそれは違うのですよ島崎さん、
僕は違うも何もまだ何も弾いてませんと
僕のこの右手の持って行き方が違うと、
左手を持って行ったらそれは違うんですよと仰るのです

僕は初級とか入門の所でもこれを言ってる筈なのです
ギターをこう持って腕を置いて左手をこう持って行く話をしているのですがそれが武道の立場から見ると違うと仰るのです
これを否定されるというのは根底からひっくり返ることなのですが
そこで示された形がこんな形だったのです

3:07 https://youtu.be/DXdfzmDMeJk?t=3m7s
こう持って行くのではなく、こう持って行ってくださいと仰るのです
左も同様です、こうやって持って行ってください

これは結果として同じ形なのですが過程が全く違うのです
僕はこの話を聴いた瞬間に2つの疑問がいっぺんに解けてしまったのです
長い間疑問に思っていたことが2つありまして
その1つはセゴビアさんが演奏をするときに頭の毛をかき撫でるのです
うちの息子が初めて人前で演奏したときに今までやったこともないのにギターを構えてやっぱり同じことをやりました
この2つの動作に僕はなんだろうと、単なる偶然ではなくてこれは何か意味があるんじゃないかなと、
しかし解らない、どう言う意味かは解らないということで解らない箱に入れておきます
そして古武道の甲野先生のアドバイスを聴いた瞬間に同じ動きじゃないかと、

例えば柔道などで闘いに行くときにこうやって闘う人もいればこうやって闘いに行く人もいます
なんかこの方が強そうに感じませんかね
で、この動きに実は非常に大きな体の意味があったのです
皆さんも実際にやってみたら判りますけども手をぐーっと上にあげて広げてこう持って行くのと、下からこう持って行くのとでは随分体が感じる感覚が違うのです
結果としては一緒なのです
頭としてはこちらの方が合理的なのです、ここからここまでに行くだけですから
でも体は、さあ来い、或いは、さあ今から何かやるぞという準備が出来上がるようなのです

それが1つのきっかけになりまして
耳で聴いている、頭で聴いている音楽、
体は本当はどう感じているのか、そちらの方に気持ちが行ったわけです

そして今年の9月に、安田登さんという能楽師の方が書かれた あわいの力 という本、この本に出会いましてまたまた大きなショックを受けました
その中に物と物の接点、
つまり演奏者と聴き手、或いは人間と人間、対ですね、その間にはあわいの世界、ぼんやりとした世界があるという話なのです
このことでまた僕は大きな疑問が解けました
安田さんが仰ることの中に人間の形というのは上に頭、これは心と書いてあります、心があります
この心というのは非常に移り気がある、一定せずふらふらしたものである
その下に おもい というのがあってそのおもいはかなり普遍なものなのです
もう1つ下に しん というのがあると仰います、これは説明が出来ないということなのでしていません
ただし おもい は出来るらしいのです、感じることが出来る
そのおもいを伝えているのが能だそうです
僕達やっている音楽というのは心の部分、最も動き易い部分の話をしている、
そのことが解ったのです
だからしょっちゅう言うことも変わるし感じ方も変わる、それは当然で、移り気の多い心、頭ですね、だからです
その下にあるおもいというのに目を転じるとこれは話がちょっと変わってきます

では具体的に何をどうするのかといったときに
例えば体が動く、僕達は適当に無意識に動いてるのですが結構体に無茶なことを言っています
座っていて立ち上がる、ヨイショと手を膝の上に置いて立つのですが立とうとしている体を押さえ付けてるのですからなかなか立てない筈です
そうせずここに手を置いて押せばいいのです
もっと言えば少し浅く腰をかけていれば体重を前にかければ、そして足をこうすれば自然に立つように出来ているらしいのです
そういうことを実は知らなかった
もっと言うと歩くとき我々はこうやって歩きます
でも本当はこれは不自然なのだそうです、これが自然らしいです
実際私も今実践しています 9:05 https://youtu.be/DXdfzmDMeJk?t=9m5s
こうやって歩いてます、非常に楽なのです、なんか体が気持ち良いです
でもこうやると体がぎゅーっと横から掴まれているというか体が束縛されてるような歩き方、こうやると自由になるのです

そんなことを感じているときに出会ったのがこのボードです、バランスボード
これについては経験しないと本当にわからないので解説を避けますけれどもこの上に乗るとゆらゆら揺れて体が気持ち良いのです
それが何の役に立つのかというのは頭が言ってるのです、体は気持ちが良い、それだけなのです
それが何の役に立つとかそれが何だというのは頭の部分が一生懸命、体の反応を否定しているのです
そういうことはやめて体が気持ち良いと言っているのだからそれでよいに任せようと、

先程の話に戻りますが
我々が使っている筋肉というのが表にある筋肉
表にある筋肉を鍛えるというのは脳がすごく喜ぶらしいのです
ところが人間にはその中に深層筋という意識が出来ない筋肉があってそれが非常に重要な役目を果たしている
体の微調整に役立っているらしいのです
それを鍛えるということから始めませんか?という
そういう話が安田さんの本の中にありまして私は9月1日から実践を始めました
それがこんな運動です、足ブラブラと言っています
片足で台の上に立ちましてもう一方の足をブラブラさせるのです、この程度です、下の方にぐーっと引っ張られている感じでこの辺から足が付いててそれがブラブラ動いている
大きな柱時計みたいな感じ
このとき手も一緒にブラブラさせるのですがこうではなくてこの感じでブラブラさせるだけです
片足を2分から3分ぐらい、回数でいうと120回から150回ぐらいになるんですけど
こちらもブラブラやります
これが私の朝の日課の始めになっています

11:48 https://youtu.be/DXdfzmDMeJk?t=11m48s
それから今度は息の仕方です
これも我々自然に息をしているのですが本当はどう息をするのがいいのか安田さんが解説してましてそれもやっていますけども
最初はイメージとして横隔膜を下げて息を吸う
そのときに前に手を置きまして吸うときに横隔膜が下がりますので手を下げる、吐くときはそれを上げる
その動きを手でやってみるのです
やがてそれが進化しまして吸った息を体のいろんな部位に送り届けるというイメージをするのです
例えば背中に空気を入れよう、出そう
腕の中に入れよう、また出して行こう
足の先にも入れようということでいろんなイメージをしながら息を吸ったり吐いたりする

今度は深呼吸をするときに普通に息を吸ってゆっくり吐くというのを今もやっているのですが最初結構苦しかったのですが今は3秒ぐらい吸って20秒25秒ぐらい出すということが今は普通に出来ます
最初は3秒で吸ったら10秒15秒で出さないと苦しいかったのですけど
そのときもエクササイズとしてこんなことをやってはどうでしょうというアイデアがあって
腕をこうやって前にこうやるのです、10回ほどやります
今度はこれを後ろへ、なかなか行かないですが15回ぐらいやります、右も左も同じことをやります
これをやったらもう一度同じように深呼吸をしましょう
そうすると何かが変わっているのです
何かというものは頭にとっては都合が悪いのです
体が何かを感じている

14:20 https://youtu.be/DXdfzmDMeJk?t=14m20s
それから私の教室には3週間前からゴルフボールがありまして
椅子に座って本を読んだりするときに足の下に置いてこうしています
そうすると何か面白いです
ボードの上に足を置くのはもう普通のことです、こうするとなんとなく面白いです
理屈では全く説明できないのですけども体自体がなんとなく楽しい、そうこうしている内にお腹の所に紐がありまして最近は紐トレーニングというのに首を突っ込んでおりまして、この小さな輪っかを頭に乗せます、乗せた瞬間に頭というものを意識するのです
これ無いときは意識のしようがないのです、でも乗せた途端に頭というものが意識の中に入るのです
紐を乗せているのだけれど紐ではなくてここに頭があるという意識が出来上がります
こういう紐をよりまして後ろにかけてタスキにするのです
こうやることで体自体が何かを感じているのです、その何かはわからないのですよ、何かを感じているのです
ここに紐があるとは感じないのです、そうではなくて何か別の物を感じる
ここに紐があるというのではなくて頭そのものを感じる
おそらく肩を意識したり昔の人が戦う前、こうやって気を引き締めた感じがします

こういうのでギターを弾いてみよう
そしたら何かが変わる
今までは何か、というものには焦点を当てずに絶えず音に焦点を当てていたのですが今は何かに焦点を当てているのです

17:00 https://youtu.be/DXdfzmDMeJk?t=17m0s
さらに話は進みまして先程の安田登さんの本で メリハリ読み に出会いましてこれでもの凄い衝撃を私は受けました
メリハリのあるというのは、言葉では使うのですが現実にはやってません
それを音楽に利用出来ないかと考えたのです、そして応用してみたらこれが僕のしたかったことだとすぐに解りました
つまり音楽の常識というものは、あるリズム、拍子の中で音が進行してゆくのです
でもそうではなくて、もし物語、音楽の音の物語だとしたらそれを読む、それを演奏する方が、
ただすーっと読むだけでは面白くありません
どうやって読んだら
最初に説明した心、頭に聴かせるのではなくて、その下のおもいに聴いてもらえるか
つまり体にどうやって聴いてもらえるかというのが、このメリハリ読みという中に答えが書いてあったのです
僕は朗読など出来ませんしやったこともないのですが
本を普通に読むときに
こんな夢を見た、6つになる子どもを背負っている、確かに自分の子である、ただ不思議なことにはいつの間にか目が潰れてあお坊主になっている、
というのはこれを読んだだけなのです
これをメリハリを付けて読んでみると少し情景が変わって来るのです
私が読むことですから不細工なのですが是非興味のある方は安田さんのメリハリ読み、そしてこの方が実際に読んでいる映像が実際にありますのでそちらを見て感じてもらえばと思います
いっぺん読んでみます
こんな夢を見た、6つになる子どもを背負っている、確かに自分の子である、ただ不思議なことにはいつの間にか目が潰れてあお坊主になっている、
こんな感じになります
メリ、ゆっくり読む所と
ハリ、少し気合を入れて読む場所
その間に独特の間があって、その間というもので音楽を作っていこう

日本人は僕らは昔話でメリハリというのを最初に経験しているのですね
むかーしむかし
むかーしというのがメリで、むかしがハリになっているのです
おじいさんおばあさんがいました
これを、むかしむかしあるところにおじいさんとおばあさんがおりました、では昔話にならないのです
むかーしむかし、なんです
どんぶらこーどんぶらこ、なんですね
文字にすればどんぶらこどんぶらこなのです
でも読めばどんぶらこーどんぶらこ、メリハリになっています

と同じように音楽も演奏できないかと考えました
そしてそれを実行しました
これを今から皆さんと一緒に観てもらおうと思います。

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