島崎ギターサロン動画ブログ

島崎陶人ギターサロンホームページ動画を文字化したブログ 20180217開設

カテゴリ:49の技 > 技についての話

https://youtu.be/kW4pJ1NkeCo
2010/07/10 に公開


49の技、28まで録画しました
ここで技について話したいと思います

柔道、剣道の技
柔道 一本!
勝負と言う意味では優勢などで勝った負けたとなりますが
見ている側からすれば一本で決まれば判りやすいし気持ち良いです

寝技、関節技で痛そうなのもあります、相手が参ったをするという
私はあまり好きではないです

背負い投げ一本はされた方は痛くないのでは
見ていて美しく決まった技は受けた相手も気持ち良い筈です
痛いなどではないと思います

私が技の話をするようになったのは日本の習い事の中には型があります
四年ほど裏千家を習いました
確かに美しいです

ある型を、会得はしませんでしたが先生がやってる姿、生徒さんがやってる姿を見ましたときに
決まりますと綺麗と感じます
音楽でもそういうことが出来ないかと思い探し出したわけです

最初に劇的消音を話しました
あれを発見したときもなんと格好良い、ピアニシモの音がこんなに格好良くみえるという所からスタートしました

もう1つ別の話ですが
百mを走る
1位を目指すのとどうすれば格好良く走れるかというのは意味が違います
世界記録は10秒を切り速く走っています
あれ、美しいでしょう
おそらく1位になった人は始めは1位を目指したかもですが途中で方向を変えたと思います
どうやったら本当に美しく走れるか
人間の体をどうやれば最大限に効果は出るのか
走るということに対してどうやれば最も筋肉が合理的に動いて形も美しく、したと思います
そうすると結果として1位になった

ある大会で我武者羅に1位をなればいいと
変な言い方をすれば汚い手を使ってもいいわけです
そういう手を使って1位になるよりは美しく走る事の方が大切

それを曲解して美しさの競争をしようというのがありましてそれは無茶苦茶な発想
そんな競争しなくていいです
美しいと感じること、格好良いと感じること
それらがあると思いますのでじっくりと見つめて欲しいです
なぜ僕はこれを格好良いと思うのだろう
なぜこれが綺麗と感じるのか
それを考えると何か別の物が見えて来ます

このときに絶対にして欲しくないのは人の噂、人が言っている、この人が良いと言われている
ものの後ろにあるのを見ないことです
今目の前にあること、自分が感じたことを見て欲しいです

料理番組でいうとここの料理は旨いんだ、だから旨いんだではなく
食べに行って自分が美味しいかどうか決めたらいい
人の噂、価値判断を自分に持って来ない
本当に自分が良いと思うことを突き詰めて行くと必ず自分の中にある審美眼が目覚めます
そうすると世の中の言われている基準がいかにいい加減か判ってきます

皆さんの中にある美的な意識をくすぐることが出来れば49の技の目的は達せられるわけでございます
中盤を過ぎまして残り21、お楽しみください。

技の出来るまで
2018/03/28 に公開
https://youtu.be/IaKtI7PFxFA





0:00 ミランのパバーナ演奏

0:43
ちょっとわざとらしいスタートございましたけれども、
技の出来るまでという、技の一歩手前ということでお話をしてみようと思います

49の技というワザとらしい名前で色々アップしているのですけれども、それが出て来る元というのがあります
それは非常に単純なことなのですけども、そろそろ50年ぐらい経ちます、ギターの世界に入って、

一番最初、自分がギターに関して何に興味があるのかということです
どこからギターというものを探り始めたのか、
というと全てはp、親指、右手の親指がスタートなのです

そこからスタートしていろんな技を無理やり作ったり現在の僕があるわけなのですけれども
耳が良いというか音楽のセンスが良いというのは今は音が聴き分けられるとか
あるいは指が器用に動くとか、そういう所から来てるんじゃないかなと思うのですが
実は私は音を聴いても別にわからないし、わからないというよりそれが固有名詞が何であっても構わないです
むしろ体が響きに対してどう反応するか、
あるいは旋律に対してどう反応するか
音に対して体がどう反応するか
こちらの方が遙かに興味があって
出ている音がどんな音なのか、名前、例えばGコード、Dコードが出ていました
それはどちらでもいいのです
今の音楽をやってる人とはちょっと感覚が違うかもしれません

それでは本題に入って行こうと思うのですが
和音を弾くときに皆さんはどういう感覚で捉えているのでしょうというのがこちらからの質問です
僕は指の、腕の、手首の、体が弾くときに
同時に和音を弾くこととバラして弾くということが全く違う感覚で捉えています

和音が書いてあってそれを同時に弾きます、あるいはバラして弾きますというのが同じであるという人にとっては解らないことなのです
どういうことかといいますと、右手のアップを撮ってください

1弦2弦3弦4弦を同時に弾くというときに
私の場合、同時のときは基本的に親指は皮で弾きます

弦の反発、ぐっとしなりますから、しなると弦は反発します
この反発を指先に受けてそれを一気に解放すると、
つまり力を一瞬で抜いてしまう

と、どうなるか
4:45 https://youtu.be/IaKtI7PFxFA?t=4m45s

と、こうなるわけです
それを外から見たときには見せ易いために、このまま前に、ギターの前にパッと離すわけです
ところがこれ実は力が入っているのです
離して形を保持していますから
本当は力を失くしてしまうとだらっとする筈です
言葉尻を取られると困るのですけれども
弦を、反発を感じて、います、それを解放しました
5:29 https://youtu.be/IaKtI7PFxFA?t=5m29s
というのが同時の感覚です
このときに私の体、指とか腕は何を感じているのかということ
これを言葉にうまく出来ないので次にバラすという所の説明をします、そのことで感じてもらえれば嬉しいしそれで少し話を進めて行こうと思っています

バラすときはどうするかといいますと
皆さんはどうしているか知りませんけど、私にとっては何の興味もないんですけども
ギターでバラす、つまりストロークというのは親指が
6:23 https://youtu.be/IaKtI7PFxFA?t=6m23s
と動くこと、ギターでは基本的なバラすということです
親指がこう動きます
4本の指を使うと、僕の知っている普通のギター弾きは
6:42 https://youtu.be/IaKtI7PFxFA?t=6m42s
それぞれがそれぞれの役目をしました、はい終わりという
ところが私の中ではこれはありえないことなのです
あくまでも親指が主導者、主体なのです
これが3弦のあたりを通過するとき人差し指が弾き、2弦のあたりを通過するとき中指が弾き、1弦を通過するときに薬指が弾く
そうしますとこの形でまっすぐ、
これは親指じっとしてますから、
こうではなくて腕がこう、こっちの方に動きながら
これが自然なわけです
https://youtu.be/IaKtI7PFxFA?t=7m26s
で、戻ってくるわけです

この動きともう1つは親指というものの弾き方が私の基本の弾き方は押し込みといいまして
こういうグイっと押し込みます、となりに弦があるのでここで止まります
もしこれが弦がなければ、こんな動きをしているのです
そうするとこの動きを、やると、
親指がこう行きながら他の指で弾いて行く、そうするとさっきは向こうに行ったのですけど
今度はこういう動きに、親指としてはこんな動きに変わっているのです
これが私の2つのバラすという感覚です
こっち向きとこう向き
動きとしてはこういう動き対こんな動きがあります

次に同時に弾く場合は一番初めにお見せしましたように弦の反発を感じてこのまま一気に
https://youtu.be/IaKtI7PFxFA?t=8m47s
これはこういう動きなのです
もちろんこうやって返ってきます

もう1つは親指の皮をしっかり当てて他の指は爪なのです
こうするとただ離すだけではなくて親指はこちらの方向に行きます

今親指と人差し指が距離が開いてます
これが弾くと
https://youtu.be/IaKtI7PFxFA?t=9m14s
引っ付くのです

先程の爪を使ったときはただ離しただけ、始めから親指と人差し指は引っ付いているのです
5弦の場合は離れますけどもそれでも弾くと同じ形になっています

親指の皮を使うと親指がこういう運動になります
グーになって離れ行きます、このときは力入っているのですがスッと抜けていきます

同時に弾くのにも2つの方法、バラすのにも2つの方法が基本的にあります
2つあるのがすごい大事なのです
全てのやり方には2つのやり方を持っています
2つの中を入るとまた2つに分かれます
その中で見ていくとまた2つに分かれて行くのです
そうやって枝分かれしていくと大体3つぐらい下まで行くと何か技が生まれて来るのです

ここは技でもなんでもなくて私はギターをこんなふうに感じているという話です
一旦ここで終了して次の話に行こうと思います。

技の出来るまで②
https://youtu.be/C80dRg8x9DE
2018/03/31 に公開





和音を同時に弾くバラして弾くときに私はこんなふうに感じてますというのを見たという仮定で今話を進めて行きます
その前にですね私こんな変なものしてますけどこれはよだれかけではありませんでギターと体とをちょっと距離をとるということで結構分厚いものをしています
直接こう、楽器が当たってもいいんですけどあるとき直接当たるより距離のある方が自分の体にすっきり、ぴったり来るのでこんな形を採っています
コンサートとか人前で弾くときは中に入れて見えないようにしてるんですけど家で居るときはぶらぶらして

先程こうバラすときに親指がこう動いて行く、弦の上を移動しながら同時にこちらを弾くという形
それにはこういう方向とまあ、こういう方向がありますというのをしました
同時のときは皮のときは人差し指と親指が開いてバンと引っ付く形、それからただ離す場合はこのまま離すという、2通りがあるという話をしました

これをここだけで見るとその、こう、それから、こうなんです
ところがこれ、ここから見ないとわかりません、ここだけが動いてるのじゃないですから
で、ここが動くとなったときにこう動いてるわけなんですがこれも実はここだけで解決してるんじゃなくてこの座ってる体全体で言いますと、理想を言いますとこうやって動いてるわけだから体もこう、例えば反対の方向に動いて
あるいは向こうに一緒に動いたとしたらこういう動き、舟を漕ぐみたいな動きですね
こっち側に来るときというのはこう回って来るわけですから体も何かこんな動きをしている
そしたら仮にGコードが鳴りました、このコードはGです、で解決できる人は僕にしたらすごいと思うんですね、僕なんか全然わからないわけです
あ、G、Dと進行しています、それが何やねんという話ですね
それをもし自分の中でバラして、こうバラして次Dを同時に弾いた、ということは動きとしてこうなってからワンと弾いたわけですね
で、ここだけ見たらそうなんですけど体全体から見たときにはこうなってからふわんと上に上がった、要するにそういう動きというのが体の中から感じてそれを表現、音で表現するのはどうすればいいか、どうなるかと、
いうのが私の最大の関心ごとなんですね
だから人の音楽を聴いたときにその人がそういう動きを持って演奏している人だとしたらこっちの体が同じようにそういう動きとして感じ取れるわけです
ところがあの楽譜にGと書いてるDと書いてあるCと書いてる、GDCと弾きました
何か文句あるか、文句あるとは言わないですけどそれがそうやねんと言った人の演奏に関しては体が全く反応しないわけですね
いうか体にとってみたらそれが何やねんて話なんですね
だからしゃべるときにですね例えばこうじーっと座ってこんにちは、皆さまお元気ですか、私は島崎陶人と申します
て口だけ動かしたら結構気持ち悪いと思うんですね
こんにちは、って言うと思うんです
その、こんにちは、って言うときに、こんにちはって言うと何かちょっと様子がおかしい
こんにちはって言うとお前大丈夫かみたいな
そのときにその動きを伴ったこんにちはがあるわけでこんにちはが存在してるとは僕は思わないんですね
同じように音楽もある体の動きから出て来たはずなんですね
直立不動でカウントしながらそこから音楽が出て来るなんていうのはちょっと僕には考えられないですね、そういう世界は解らないです
それも自分の反応の仕方というのはあるので誰かが弾きました、その音に関して耳だけではなくて体も反応していますということなんです
それにはスピーカーから出て来た音には非常に反応しにくいですね
スピーカーじーっとしてヴェーンと震えているだけですから、我が家には実はオーディオの設備がありません、ないんですね、あるときから僕が聴けなくなったんです
特にCDになったときからCDの音を聴くと体が30分ぐらい異変を感じるんですね
3回ぐらい買ったんですけど全部、やっぱり処分しまして聴かないようになってます
ごく音の悪いのは聴けるんです、そういうのは雑音として聴けるので大丈夫ですけど変に音が良いと逆に聴けないみたいな
そういうことで先程ギターをこう持つということに関してもこれが無しでですねこのまま直接に当たると何かこう楽器と一体感が逆にないんです
あの、少し距離があってこうすると何か楽器と僕は仲良いぞみたいなそんな感じが体の中からするんです
そのときにあのこれやってもらったらわかるんですけど大概の人はパッとやると弾き難いんですね、弾き難いんです、だって遠くなりますから
その弾き難いということと体が喜んでいるということを皆さん混同されんですね
つまり弾き易い弾き難いやり易いやり難い易しい難しいいうことが全部イコール、易しい=良い、いやそうと違うでしょという話です
曲にしましてもね、初級用というのは弾き易いですよ、ちょっと待ってね、それ弾き易いっていうのはあなたにとってどうなの
それはどうなのよという

弾き難い、うわっ動くからこの曲は難しいんやって
せやけどそのうわって弾くことがもしこの曲の目的やとしたらワーっと弾いたら終わりなんですね
易しい曲、言い方悪いんですけどもそんなに変化のないバロックなんか特にそうですけど、そういうのは弾き易い、確かに弾き易いかもしれない
でもさっき言った動きはものすごい豊富なんですね
逆にバーっと弾かないかん曲いうのはバーっと弾いたら終わりなんですね、動きが単純なんです
ところがゆったりした音楽、要するに指先のテクニックの要らないものっていうのは体の動きがこう実に豊かなんです、それも静かなんです
僕のね、知らないのに言うのもなんですけど例えば能、みたいなものですね
能のような動きというのはあれすごい難しいほとんど動いてないんだけども存在感ってすごいわけですね
手品師の場合もパーッと動いてる、確かにそれは面白いし見てて楽しいですね
手品師が動かへんかたっら手品師にならへんわけです
だけどもしその手品師に超ゆっくりやってわからんようにしてみと言うとたぶんそれちょっと難しいねんと言うんちゃうかなと思うんですね
だから、超スローモーションでですね、ハイここにコインがあります、ゆっくりと、すーっ、、はい消えましたというとこれすごいですよね
これありますよね、ハイ、消えましたって言うから、ワーってびっくりするんですね
だから、ゆっくり=易しい ゆっくり=判り易い いうのはやっぱり違うんです、それは全然意味が違う
自分の体、音楽も自分の体と一緒に感じる、楽器も持ったときに本当に自分の体と楽器がどうやったら一体化するかっていうことから考えて行くと
便利なやり方、弾き易いやり方、ではないと思います
まああの、解説と言いますか自分の音楽の感じ方というのでちょっとお話をしてみました。

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